2009年9月アーカイブ

夏休みをいただいたので、邪馬台国に行ってきました。
とは言うものの、僕が行ってきた所が邪馬台国なのかどうなのかについてはいろいろ議論があるらしく、邪馬台国は別のところなのだと言う人もそれなりにいるようです。

僕が行ってきたのは奈良県桜井市にある、纒向(まきむく)というところです。

纒向がほんとうに邪馬台国なのかどうかは僕にはわからないのですが、専門家の9割近くは「邪馬台国は奈良の辺りだ」と言っていて、その9割近くの人の多くが「邪馬台国は纒向だ」と言っているそうなので、まあそうなのでしょう。

これは余談になるのですが、そんなに多くの専門家の人が「邪馬台国は纒向」と言っているのに、それが大々的に報じられない裏には、各地の邪馬台国候補の街がそのことを町おこしに利用してしまっているという事情があるようです。
そういう街の人にとってみれば、邪馬台国が纒向だということになり、自分の街が邪馬台国候補でなくなるというのは確かに死活問題。いろいろと難しいですね。

てなわけで、纒向を訪れたのですが、ここが結構不便。

近鉄の上本町から大阪線急行に乗り、桜井駅までは40分くらいでついたのですが、そこからJRに乗り換えての2駅の移動に時間がかかりました。
JR桜井駅から巻向(駅の名前はちょっと字が違うんです)駅に行く電車が1時間に2本だかそれくらいしかなくて、ホームで結構待たされました。
通常であればGREEかiモードのゲーム『天地を喰らう』で時間をつぶすのですが、今から訪れる邪馬台国の写真を撮るために電話の電池は温存。実家からせしめてきた星新一の『ありふれた手法』を読みながら電車の到着を待ちました。

20数分待ったところで2両編成のワンマン電車がホームに入ってきました。この線では桜井駅は大きな駅らしく、乗客全入れ替えみたいな感じになりました。もちろん僕も乗り込み、いざ巻向駅へ。
桜井駅の隣は三輪駅と言うところで、ここには最古の神社とも言われる大神神社(おおみわじんじゃ)があるようです。
時間があれば帰りに寄ることにしようと思いながらさらに一駅。
つきました。巻向駅。
ここが邪馬台国(と言われているところ)です。

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今回の邪馬台国訪問の最大の目的は卑弥呼のお墓に行くことだったので、駅前からバスかなんかに乗ろうかと思ったのですが、ところがしかし!そんな便利なものはないのでした!
行 く前は、確定とは言えないまでも邪馬台国の最有力候補なのだから、それなりに卑弥呼のお墓行きバスだとか案内板だとかそういうのがあるのだろうと思ってい たのですが、この纒向、まったく観光地化されておらず、駅前の住宅地図みたいな地図を頼りに、徒歩で卑弥呼のお墓に向かう羽目に。
この日は天気がよかったこともあり、灼熱の炎天下を重たい荷物を持って移動することになりました。

纒向郵便局(郵便局の名前は"纒向")の前を通って、

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高架の歩道を通り、

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高架の上から見た線路はこんな感じ。

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しばらく歩くとたい焼き屋が・・・。さすがかつての日本の首都。日本一のたい焼きだそうです。なんて事を言ってる場合じゃない。ほんとにこっちであってるのでしょうか?

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そのまま行くとしょぼい案内板があり、「←箸墓古墳」とありました。
なにを隠そうこの箸墓古墳こそ卑弥呼のお墓。いったいどこなのでしょうね。
とりあえず左に曲がり、まっすぐ歩くと普通の住宅地になってしまいました。

古墳なんてどこにもないぞ、と思ったそのとき!
2羽の白鳥?が住宅地のとなりに広がる森からズバズバーと飛び立っていきました。

????

もしやこの森・・・。

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よく見たら前方後円墳に見えなくもありません。
でかすぎて気づかなかったー!!!!!

そうだと思って見れば、なんとも言えない雰囲気!
その瞬間汗がさあーっとひき、あまりの恐怖、まさに恐怖です、に一歩も動けなくなってしまいました。
もうちょっと近づいてみようかと思ったのですが、写真を撮った位置まで行くのが限界でした。
まさに来る者寄せ付けず、という厳かな雰囲気。オーラというか小宇宙というかそういうのが古墳から発散されている感じです。

まあでもここも卑弥呼のお墓なのかどうかははっきりとわからないのだそうです。
調 べたところによると、第7代孝霊天皇の皇女・倭迹迹日百襲姫命のお墓とされているそうですが(ちなみに倭迹迹日百襲姫命はお箸が刺さったことが原因で亡く なったそうで、そのことからこの古墳に箸墓古墳という名前がつけられたのだそうです)、実際に訪れた感じでは、皇女のお墓にしてはでかすぎるなという印象 を受けました。僕は研究家でもなんでもないのですが、少なくとも天皇クラスの人物のお墓のような気がします。

まあとにかく貴重な体験でした。
ほんとうは違う角度からの写真も撮りたかったのですが、なんだかそういう気にもならず、再びたい焼き屋の前を通り、高架を越えて巻向駅から帰ったのでした。

めぐる季節ははかなすぎて 命はいつもむなしすぎるから
輝く季節は一度きりさ 命あることに喜びを見つける

夏休みで実家に帰ってました。
押入れをいろいろ探していたら出てきたのが『マ・ベル・エトワール』のCD。
これは懐かしい。

『マ・ベル・エトワール』は1995年に宝塚大劇場で上演されたレビュー。
演じるのは一路真輝率いる雪組です。

世間の評価はよくわかりませんが、bmidvar的にはタカラヅカ史上最高傑作だと思っています。
当時の雪組はなんといってもメンバーが良かった。
トップスターに一路真輝、2番手には高嶺ふぶき、3番手にいまや「タカラヅカのリビングレジェンド」になっている轟悠、娘役のトップには後に「女帝」と呼ばれる花總まり
このメンバーは翌年にあの『エリザベート』の日本初演を果たすことになります。

こ の最強雪組が演じる『マ・ベル・エトワール』は、20世紀を振り返るというテーマの正統派レビューで、ロック調の曲で始まるオープニングから、シャンソ ン、ジャズ、ビートルズと続いて、フィナーレの「Puttin' On The Ritz」「ビギン・ザ・ビギン」「マイウェイ」のメドレー、そして最後の大階段は「Over The Rainbow」という心躍る選曲が魅力でした。
何べんか見に行ったのでしたかね?たぶん何べんか見に行ってると思います。

思えば1995年のタカラヅカは、阪神・淡路大震災による宝塚大劇場崩壊に始まる激動の一年を過ごしたのですが、その締めくくりを飾ったのがこの『マ・ベル・エトワール』。ひときわ記憶に残ります。

今思い出せば、この1995年あたりは雪組に限らず、タカラヅカ史上最強メンバーが揃っていたのではないでしょうか?
花組のトップには真矢みき純名里沙、月組トップには天海祐希と、退団後も活躍を見せる大型スターが揃っていたように思います。金麦の檀れいも月組の最下級生くらいで所属していたんじゃないでしょうか。

そんなタカラヅカ黄金時代の最高傑作『マ・ベル・エトワール』。今からじっくり聴こうと思います。

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