天理の旅。

天理教の施設は信者じゃなくても利用できるという話を聞いていたのですが、これ、どうも表現が正確ではありませんでした。
調べてみると、天理教というのは入会の手続きとかそういうのはなくて、信者とか信者でないとか、そういう区別はあんまりつけないみたいなのです。
そういう区別がないから、施設は誰でも使えるということのようです。
1日中天理の街を歩き回って、神殿も見学して、信者の方々に親切にしてもらいました。そのとき、心の片隅で「僕は信者じゃないのにもうしわけないなー」と思っていたのですが、信者だとかそうでないとか考えていたのはこちらだけだったというわけですね。

信仰というのがどういうものなのか、あらためて考えさせられます。
僕はお正月には神社に行ってお賽銭を投げ、結婚式には賛美歌を歌い、お葬式には数珠を持っていく、おそらく日本では多数派と言える宗教観を持っていて、そ れは多分今後も変わらないんでしょうけれども、であるがゆえに信仰心というものに頑なな部分があるんじゃないかなーと思いました。

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