働き方・生き方 一覧

自分の子供が学校でどのような人間関係を築いているかよりも、どの政治家がどの政治家の子分だみたいなことに詳しいことのほうが知的なことであるという考え方にはどうにも賛同できないのです。
さらに言えば、そういう政治家の人間関係に詳しいだけの自称知識人の人が、アニメやゲームに詳しい人を知的でないと見下すようなのには、なんなんだと思ってしまいます。
連日の議論から何も見いだせなかった経営陣のヒントになったのは「いま自分たち経営陣が全員辞め、新たな経営者がインテルの舵取りをするとしたらどのよう な決断を下すのか?」という発想法だそう。この発想法からDRAM事業撤退という判断を生み出したとする話なのですが。。。

が、この話をそっくり真似するのは難しいような気がします。
僕が知っている限り、このような状況に陥っているリーダーはたいてい内弁慶をこじらせているので、自分に代わる「新たなリーダー」が自分のこれまでの思考とまったく違う思考でまったく違う結論を導き出すことが想像できないような気がします。
その状況に陥ったときにそういった発想法で自分のこれまでの思考とまったく違う結論を導き出せるような人は、そもそもそういった状況に陥る前になんらかの試行錯誤をして、状況に少なからず変化を投入しているような気がします。

火打ち石か?eメールか?

火打石が使えるかどうかで生死が決まる時代があった。だからその時代においては火打石のスキルは生きていくために必須のスキルだった。
今は火打石が使えるかどうかは生死に大きく影響を与えない。だから火打石の使い方は生きていくのに必須のスキルではない。
火打石の使い方を必須のスキルだと教わった我々が、今の若い世代に真っ先に伝えるべきは火打石のスキルだろうか、それともeメールのスキルだろうか。

「古いものの良さ」はいかにして伝承されるか?

古いものの良いところを継承しつつ新しいものを取り入れる、という考え方はしないようにしています。
この考え方でスタートすると「継承」の目的化という事態に陥りがちだから。
古いものの良さてのは、課題解決のためにいま必要なものをゼロから考え、再構築した結果、それでもなおそこに残っているもののことで、誰かの思惑で残されるようなものでは決してないんじゃないかなと思うのです。
めったに見ない歌番組を見ていたら、ある曲がこんなふうに紹介されてました。

「今いちばん泣ける曲」。

なんじゃそら。
その曲を聴いた僕が泣いたかどうかはともかく、それより前にその前時代的なキャッチキーワードの作り方に唖然としたのは確かです。
そんな断定的なキャッチキーワードで紹介された曲が見ている人にどういう風に受け取られ、ソーシャルメディアなんかでどんなふうに評価されるか、ちょっと考えりゃわかりそうなもんなのに。

子供の頃、そろそろ宿題しなきゃなと思ってたところにカーチャンから「宿題しなさい」て言われてかえってやる気をなくしたという経験は多くの人がしていると思いますが、あれとまったくおんなじ。

芸能人ブログとかやらされパブリシティでもこんなふうなのよく見ますよね。
「知ってしまったらもう手放せない」とか「◯◯キラー登場」とか。
そんなキャッチキーワード見たらかえってあら探ししたくなるじゃないですか、ねえ。

先輩だから、上司だからこそ道理に気を配るべきだという話。

部下や後輩ができれば、あなたは自分の言葉をその人たちに受け入れてもらうことができるだろうし、その数が増えれば増えるほど、あなたの言葉に従う人は増えていくかもしれません。
その人たちは、理にかなわないことや、納得できないようなことでも受け入れてくれるかもしれません。
だからこそ先輩と呼ばれるような人たちは、上司と言われるような人たちは、自分の言葉が理にかなっているのか、相手にとって納得できるようなことなのかに常に気を配る必要があると思います。
相手が受け入れたから理にかなっている、納得している、というわけにはいかなくなるのです。

まして、相手が自分の言葉を受け入れるというその状況に酔い、道理をますます軽んじるようなことがあってはならないと思います。

大きくない会社で働く若い知人と。

有名ではあるものの企業の規模としては大きくないコミュニケーションエージェンシーで働く知人。まだ若く、キャリア的に決して経験豊富とは言えないのです が、初めて一緒に仕事をしてみて、彼が僕にない経験とスキルを持った、非常に有能なビジネスパーソンであることを知りました。

彼が有能なビジネスパーソンである(と僕に思わしめた)ことにはもちろん、彼自身の才覚みたいなものも関係していると思います。ですが、それ以上に彼の環境とその環境下での経験が生きているのではないかな、と感じます。

新卒採用で学生に超人のようなスキルを望み、でありながらそれを潜り抜けてきた優秀な人材を企業の仕組みを維持するための消耗戦に早々に投入し、スキルを 磨く機会も気概も奪っているという大企業みたいな状況が一方である中、大きくはない会社で経験を積み、着実に成長している彼。

そのように考えると、大企業が活かせもしないのに優秀な人材を囲い込む的なのはこの国にとって大きな害になってるな、なんてふうに思ったりもするのです。

できる人のこと。

有能な人のことを「できる人」という表現であらわしたりします。

僕はこれずっと「他人にできないことができる人」という意味なのだろうな、と思っていたのですが、最近これは「できることを今できる人」という意味なんだろうな、と強く感じます。
別にしなくてもよいんだけれどもそれをすることで何かよいことが生まれる、そういう事柄が目の前にあらわれたときに「する」という決断をする人、別にしなくてもよいそのことができる人が「できる人」なんだと思います。

だから大事なのは「できるかどうか」よりも「するかどうか」なんでしょうね、きっと。

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